トンボの生息環境的な話

Dragonfly

人類が出現する遥か以前、約3億年前には既に出現していたと考えられているトンボ。当時は翅を広げると70~80㎝もある様な種類も生息していたそうです。現代でもそんなの飛んでたら迂闊に外も歩けないところですが、では一体現代はどんな所にどんなトンボが生息しているのか?石川県の状況を見てみました。

ヒメサナエ:幼虫が川を下って下流で羽化し、成虫が川に沿って遡り上流で産卵する習性をもつトンボ。

■はじめに… トンボは一部の蛍やカワゲラやトビゲラなどと同様に、殆どの種類が幼虫期間を水中で過ごし、成虫に羽化するとともに陸生昆虫の仲間入りをします。幼虫の生態や生息地を考えた場合、「水」が切っても切り離せない関係にあるため、トンボを「水生昆虫」として取り扱う場合も多いのですが、このサイト内では他の水生昆虫類と切り離してトンボ単一種として扱っています。このコンテンツではトンボについての解説を試みており、前述の通りそのコンセプトには「水」が深く関連するするため、トンボの生態を「水」に関連付けて考えて見ることにしました。以下、様々な生息環境等についての記述は、幼虫の生息地に主眼をおいての記述を行っています。

■トンボの歴史と分類… 生物の分類学的に見た場合、トンボは「動物界,節足動物門,昆虫綱,蜻蛉目(せいれい目と言うこともあり)」に位置し、蜻蛉目の中では、さらにその出現から進化の過程に基づいて、イトトンボやカワトンボの仲間など前翅と後翅が同じ形である特徴を持つ「均翅亜目」,ヤンマや赤トンボの仲間など前翅と後翅の形が異なる特徴を持つ「不均翅亜目」,そして均翅亜目と不均翅亜目それぞれの特徴をあわせ持つ「ムカシトンボ亜目」の3つのグループ(亜目)に分類されています。冒頭でふれた70~80㎝もあったトンボの祖先は、現在生息している仲間とは少し異なり原蜻蛉目(オオトンボ目とも言う)と言います。彼らは古生代石炭紀(約3億5000万年~2億9000万年前)から古生代ペルム紀(約2億9000万年~2億5000万年前)にかけて繁栄し、中生代(約2億5000万年~6500万年前:三畳紀,ジュラ記,白亜紀)には絶滅したと考えられています。現在みられる均翅亜目は、古生代ペルム紀に出現したと言われており、ムカシトンボ亜目は中生代三畳紀に出現し、不均翅亜目は中生代ジュラ紀にムカシトンボ亜目から分かれて出現したと考えられています。以前はイトトンボの仲間として分類され「サナエダマシ」と呼ばれていた「生きた化石:ムカシトンボ」は、トンボの進化の過程を示すもので、その名前の由来は化石で見つかったトンボに姿が似ていることにあります。

アキアカネ:大陸から流入するタイリクアキアカネは海での産卵も確認されているが県内での定着は不明。

■生息環境… 基本的に淡水に生息するトンボですが、中には海水が混じる汽水域に生息するもの(国内ではヒヌマイトトンボ)や、海外では沿岸に近い浅瀬の海水域に生息する種(アメリカウミトンボ)もいる様です。石川県内では海外(アジア大陸)からの流入種も確認出来るため、ひょっとすると海で繁殖する種も見られるかも知れませんが、ただ淡水域に比べると海の中には(餌も多いかも知れませんが)外敵となりうる生物の種数が格段に多く、また卵が塩水に耐えれる様に進化することも必要だと思われるため、繁殖はなかなか難しいかと思います。とは言え、過去に秋季(9月初旬~10月中旬頃)の海で、海に流れ込む小さい流れの比較的緩やか場所や、河口付近の港(明らかに海)において、赤トンボ類(種は未確認)の産卵を目撃していて、これは大陸等からの流入種の可能性もありますがもう少し調査が必要だと考えています。

ハグロトンボ:凄く汚れていそうな水だが複数頭生息していると言うことは生息する条件を満たしている?

ここからは淡水域のどんな場所にどんな種が生息しているのかを解説してみます。参考文献よりグッと大雑把になってますが、フィールドを水質ごとに「流水」と「止水」と分類しています。水質についはBOD【生物化学的酸素要求量:水中のバクテリア等が有機物を分解する際に必要な酸素消費量で多いほど汚れている。河川など流れの速い水域調査に有効】や、COD【化学的酸素要求量:水中の有機物が酸化剤で酸化されるときの酸素消費量で多いほど汚れている。湖など止水域調査に有効】という基準があり、ここでも参考基準として用いたい…のですが、如何せん本会では水質を測定する道具を何も持ち合わせていませんので、この種が生息しているからこういう水質といった感じで逆引き辞書的に考えることとしています。また実際のフィールドを判断する場合においては、その他の要素による汚染具合等も考慮に入れる必要もある他、その他の生物の生息状況や水底の状況がとても重要となります。因みに水質基準の考え方としては以下の様な感じになります。

ルリボシヤンマ:オオルリボシヤンマと似るが尻尾の中央の筋の有無(有=ルリボシ)で同定可能。

 ◎よく用いられる水質の定義はこんな感じ

 ・綺麗な水   BOD 5mg/l 未満

 ・少し汚れた水 BOD 5mg/l以上10mg/l未満

 ・汚れた水   BOD 10mg/l以上20mg/l未満

 ・凄く汚れた水 BOD 20mg/l 以上

■流水・かなり綺麗な水 (河川源流~上流付近等)… 大小に関わらず川の源流域付近は樹林に囲まれた場所が多く、急流でかつ大小の石で構成された川底,年間を通して15度以下の低い水温が保たれている...そんな場所にはムカシトンボが生息(条件には高低差(標高)に関わらず気温や水温等の条件が重要)している可能性があります。幼虫期間が5~7年と長いムカシトンボは、イコール幼虫期間中の環境が保たれている必要があると言うことで、環境庁ではムカシトンボを環境指標生物(生息状況を調査すれば河川の汚染状況の推移がわかる)の一つに指定しています。幼虫期間も長く特異な生態をもつこのトンボを飼育するのは難しく、また、成虫の活動期間も短いため成虫を観察するには時期が重要になってきますが、石川県では毎年概ね5月中~7月上頃に発生し、場所によっては多くの個体を観察する事が出来ます。ムカシトンボと良く似た名前ですが全く別種のムカシヤンマは一風変わった生態(ムカシトンボも個性的な生態ですが…)をしており、幼虫は水温が低く綺麗な水が染み出したりする崖などの、一面に苔が茂る様な場所に穴を掘って生息し、近くを通る昆虫等を捕食します。また成虫は人間を怖がらない...?のかどうか真意は分かりませんが、よく人の洋服や帽子などにとまることで有名です。かつては県内各地の林道で良く見かけたムカシヤンマですが、林道の整備等に伴い石川県での生息地は減少傾向にあります。

ムカシヤンマ:全世界に10種しかいない原始的なグループに属するムカシヤンマは日本特産種です。

石川県ではその他にも、主に河川の上流部付近を中心に、ニシカワトンボ,ミヤマカワトンボなどのカワトンボの仲間、クロサナエ,ヒメクロサナエ,オジロサナエなどのサナエトンボの仲間、およびヤンマ類ではミルンヤンマなどを観察することが出来ます。

■流水・少し汚れた水 (河川上流~中流付近等)… この表現だと少々誤解を受ける可能性もあり、手は洗えるけど直接飲むにはやや適さない、ぱっと見には「汚れた水」との印象は受けない、そんな場所の話です。周り(草原とか林道とか河原とか)の環境や気温や水温,水底の条件によって生息する種が異なりますが、少し大きめの河川上流部などではアオサナエやダビドサナエが生息している…筈ですが石川県では特にアオサナエは生息地・生息数自体がそれ程多くありません。

オニヤンマ:国内最大のトンボで幼虫期間は約5年。北方系と南方系では大きさなどに幾分差異がある。

また、あまり急な流れではなく水草や葦が茂り、それほど冷水ではない場所ではオオカワトンボやハグロトンボを見る事が出来ます。暗い場所を好むとされるハグロトンボですが、割と明るい場所で多くを見る事もありますので、活発に活動する条件には、天候や気温,湿度,風向などにも関連するのだと思われます。「羽が黒い=ハグロ」だと思われがちなハグロトンボですが、実は歯を黒く塗る風習の「オハグロ」が名前の由来で、以前はカネツケトンボ【鉄漿:カネツケ(オハグロのこと)】と呼ばれていました。他ヤンマ類ではコシボソヤンマなども同じ様な水質を好み、また明るく開けた場所の細く浅い流れがある場所にはオニヤンマが生息しています。サナエトンボの仲間ではミヤマサナエ,ヤマサナエ,実はサナエトンボの仲間のコオニヤンマなどを観察出来ます。

ハッチョウトンボ:稲に止まる雌。成熟した雄は複眼まで鮮やかな赤に染まる。最大個体でも20㎜前後。

■止水(湖,池,沼,湿地など)・綺麗な水… 少し意外かも知れませんが、このコンテンツ内で言う「綺麗な水」に生息するトンボは思った程多くありません。石川県で観察出来る代表的な種としては、大型のヤンマ類ではルリボシヤンマがこの条件に適合し、樹林の間に開けた池などで観察することが出来ます。また湿原付近では鈍く光る金属緑色の体を持つエゾトンボの仲間を観察することが出来ます。日本一小さなトンボのハッチョウトンボも綺麗な水を好みますが、こちらは森林近くの日当たりの良い浅い湿地で観察されることが多く、森林に囲まれた休耕田が湿地状となり間もない頃で、草丈の低い植物が多い場所などが、発生するのに絶好の環境となります。数年経って草丈の高い植物が茂る頃には、このトンボの姿を見ることが出来なくなるのが普通で、同じような環境があれば数年単位で生息地を変えていく種であるとも言えます。また、ただっぴろく水田が広がる様な場所よりも、周りに森林がある場所の方が、このトンボに出会える可能性が高いと思われます。

ウチワヤンマ:ヤンマと名が付くがサナエトンボの仲間。広く深い池や湖に生息しています。

■止水・少し汚れた水… 当然の事ながら綺麗な水よりもプランクトン等の微生物やそれを餌として生きる他の生物が多いこの環境ではトンボもまた数多くの種類を観察する事が出来ます。イトトンボの仲間のアオイトトンボは金属光沢のある美しいイトトンボで翅を半開きにして止まる特徴があり、水辺に多い他のイトトンボの仲間とはチョットかわっていて林の中などで良く見つかります。同じアオイトトンボの仲間にはもっと変った習性をもつオツネントンボ,ホソミオツネントンボがおり、彼らは夏に羽化して未成熟のまま成虫で越冬し、翌春に交尾・産卵します。雪の多い石川県にも生息している彼らは、越冬体勢で止まった木の枝などが雪に埋もれても、そのままの格好でじっと春まで耐えることが出来る体をもっています。成虫越冬できるトンボは日本に3種いますが、石川県には前述の2種が生息しています。その他オオルリボシヤンマ,アオヤンマ,カトリヤンマ,ウチワヤンマやギンヤンマ等の大型種からキイトトンボなどのイトトンボ類まで、この環境を好むトンボは多種います。

ノシメトンボ:アカネ属の最大種。「のしめ」とは腰と袖の部分だけに縞や格子模様がある織物のこと。

■止水・少し汚れた水… かつて金沢市内でも一寸だけ市街地から出ただけで多くあった水田や、その周りを含めた里山環境に必ず存在したため池などが近い環境です。なので「汚れた」という表現が適切か否かは「?」ですが... こういった場所では市街地でも容易に観察出来るトンボが多く生息しています。いわゆる「赤トンボ」の代表 アキアカネやナツアカネ,ノシメトンボ、これらよりは少し大型でボディから複眼,翅の付根まで真っ赤に染まるショウジョウトンボ、♀はムギワラトンボと呼ばれて馴染み深いシオカラトンボ、シオカラトンボよりチョット濃い目のオオシオカラトンボ、黒いボディに腹部が白く「空いている」ように見えるコシアキトンボ、ヒラヒラと蝶の様に舞ったり優雅な滑空飛行を楽しませてくれるチョウトンボを観察することが出来ます。また「渡りトンボ」として有名(?)なウスバキトンボも県内各所で観察されているものの、水温が4℃を下回る環境では幼虫が育たず死滅してしまうため石川県内には定着しておらず、毎年観察出来ている成虫個体は、はるか遠方(南方)から飛来した個体ということになります。

チョウトンボ:輝きのある紫色の大きな翅を蝶の様にひらひらさせて飛ぶ非常に美しいトンボ。

■トンボ池… 現在、日本各地の地域行政などが主体となって環境の保全・保護を目的とした取り組みが行われており、蜻蛉公園や蜻蛉池も全国いたる所で見られる様になりました。蜻蛉は♀1頭で3,000~5,000もの卵を産み、そのうち成虫になって子孫を残せる頭数はごく僅かではありますが、良好な水域さえ残されていれば次世代へ繋がっていくことが可能で、それが悪化したり消滅すると絶滅する生物ということになります。つまり蜻蛉を保護するということはその地の環境を保護するとういうことに繋がる訳ですね。念のため誤解が無い様に書きますが、一般的に受け取られる「保護」という言葉のイメージからすると、蜻蛉の保護=採集禁止と受け取られがちですが、ここではそんな事を言っているのではなく、無闇な土地の造成や無駄な河川工事,水質悪化などの「自然環境の破壊」を食い止めることを意味しています。これは他の昆虫にも言えることで、採集禁止にすべき種とそうでない種を見極めた上で議論して欲しいものですが...わが石川県にも金沢市夕日寺の夕日寺健民自然園に『トンボサンクチュアリー』があります。開園当初、ここでは様々な蜻蛉を観察することができていたのですが、いつの頃からかアメリカザリガニが棲みつき(おそらく人手による放流)、最近ではブラックバスまで放流(間違いなく人為的)された模様で、とても『トンボ』サンクチュアリーとは言えない状況になりつつあります。職員の方は一生懸命ザリガニ排除に努力されているのですが並大抵のことでは駆除出来ない状況になっています。ここでは来園者も気軽にザリガニ釣りなどで駆除の一役をかえるので、来園の際にはザリガニ釣りを頑張ってみてはいかがでしょうか?無論、釣ったザリガニは再放流しては意味がありません。ちゃんと釣ったザリガニ用のバケツに入れておけば、職員の方が引き取ってくれますし持ち帰っても全く問題ありません。因みに、あそこの水は生活廃水などの汚水が混入していないため、しばらく綺麗な水にさらしたあとのザリガニであれば食用にも出来るとのこと...ですが無理にはお奨め出来ませんネ。里山との連鎖を考慮した蜻蛉池としては、整備に若干(かなりか...)手薄感はあるものの、是非、本来の目的である「蜻蛉池」として再生させたいものです。

水質という一面からだけみた分類で大雑把に解説してみました。生息にはその他さまざまな条件が複雑に絡み合いますので、もっと詳しく調べるには自分の足で色んな場所を散策してみれば、更に楽しさを増すことと思います。

 

参考文献:トンボ出版:トンボのすべて

     山と渓谷社:水辺の昆虫

 

2003年11月26日 白山好虫会

LastUpDate 2016.02.17