昆虫分類学の基礎知識

Identification

■■はじめに■■

生物の分類は分類単位(Taxa)を元に考えられており、【 界>門>綱>目>科>族>属>種 】の順に細かくなっています。昆虫は動物界,節足動物門,昆虫綱という分類学的位置にあり、同定対象の生物が昆虫綱であると認識されたところから「昆虫分類学」が始まります。

動物の種名というのは勝手につけられているわけではありません。日本の場合は日本語の名前と世界共通の学術用語での名前(学名)の二つで呼ばれています。特に学名は国際命名規約により細かく規定されています。ある生物を新種と認識した場合、この国際命名規約に従いその生物がどのような特徴を持っているかを記した記載文(記載論文)というのを発表しなければなりません(これが俗にいう新種発表に相当します)。この記載論文には学名,形質などが記されており、特に初めに新種として発表された時の記載論文のことを「原記載」と呼び、非常に重要視されています。正式に「同定」を行なう行為は、この原記載と同様の生物であると認識することになります。

原記載には大変多くの記術が有る場合が有り、近縁な種と比較しにくい場合が有ります。これらの便宜を図って作られたのが検索表(key)であり、現在では多くの同定はこの検索表により行われることが多い様です。この辺りに興味が沸けば、昆虫分類学の書籍などでより詳しい情報・知識を入手出来ると思います。

学名はリンネの「2名式命名法」に基づいて作られています。属名と種名の2つの言葉の組み合わせで学名を表しています。前述の国際命名規約ではこの学名について細かなルールを規定しています。また学名と同様に各国の言語で呼ばれている名前がありますが、これらについては「俗名」であり国際命名規約では規定をしておらず、学名がしっかりしてれば命名規約上ではなんと呼んでも良いことになっています。

 

■■記載文について■■

新種発表をする場合「種名を世界共通の学名で表す」と書きましたが、では「学名は何語?」って言うと、実はラテン語なんですね。それ(学名)以外、命名規約では特に何語で書かなければいけないといった規定はありませんが、分類学は世界共通の学問であることから、英,仏,独,露,中の言葉で書かれているものが多い様で、日本語で書いた場合も、別に英文の記載をつけることが殆どです。

記載文は形質を記載したものです。その形質とは肉眼的に、光学顕微鏡的に、電子顕微鏡的に等といくつかの視点はありますが、体の各部分がどうなっているかを記したものです。よって昆虫の記載文には昆虫の体の各部分を表す言葉があり、それがどうなっているかが記されていることになります。昆虫を同定するにはこれらの言葉を避けて通るわけにはいかないため、以降、知識として覚えておいて損は無い...と言うか最低限覚える必要があると思われる単語・用語を解説していきます。

 

■Level 1 (用語そのものの大元になる単語)■

昆虫に興味がある方なら、この辺りについては問題無いかと思われますが、一応、話の流れとして...

 ■頭部・・・頭のこと(英語ではHead)

 ■胸部・・・胸のこと(英語ではThorax)

 ■腹部・・・腹のこと(英語ではurosome)

 ■翅 ・・・昆虫の羽のこと(英語ではWing)

 ■脚 ・・・昆虫で言う足のこと(英語ではLeg)

昆虫の体は直方体の箱を置いた時の視点のように、背中側から見える面を背板、横から見える面を側板、腹側から見える面を腹板と呼びます。例えば胸部については、大きく「前胸」,「中胸」,「後胸」の三つに分けられています。

 ●前胸の背板・・・前胸背板

 ●中胸の側板・・・中胸側板

 ●後胸の腹板・・・後胸腹板

上記のように2つの言葉をくっつけてその部位を表します。つまり、前,中,後の各部位ごとに背板,側板,腹板が存在すると言うワケです(時にはこの"板"という言葉を略して、前胸背,中胸背,腹背などと言う場合もあります)。ただし、この背板,側板,腹板というのは、あくまでも説明のために四角い箱を例に取りましたが、現実の昆虫では背板が大きかったり腹板が幅が狭かったり様々な形をしているので注意が必要です。

胸部についてのイメージとしては『前脚が生えている場所が前胸,中脚がはえているところは中胸,後脚が生えているところが後胸である』と覚えると良いでしょう。

 

■Level 2 (基本となる最重要用語)■

その他の部位,または部位毎に使用する単語・用語について解説します。これらは同定作業を行なう上で、非常に重要になってきます。

■触覚

触覚とは、頭部より出てる昆虫のメインの髭のことを指し、英語では「Antena」となります。カミキリムシなどはこれが発達したもので、その他昆虫においても、触覚の形状や節の数などが同定作業には非常に重要になります。

■脚のパーツ,節の表現

脚は根元より

 ●基節(きせつ ・・・英語ではCoxa)

 ●転節(てんせつ・・・英語ではTrochanter)

 ●腿説(たいせつ・・・英語ではFemur)

 ●脛節(けいせつ・・・英語ではTibia)

 ●ふ節(ふせつ ・・・英語ではTarsus)

 ●前ふ節(ぜんふせつ・・・英語ではPretarsus)

の6つに大別されます。触角やふ節、腹部などは「節」に分かれていますが、これらは根元の方から順に触角第1節とか、第4ふ節とか、第3腹節とかのように、先端に行くほど数が大きくなるように表現します。

■翅脈とは

翅にある棒状,脈状の構造の筋です。植物の葉にある葉脈をイメージすると良いでしょう。蝶,セミなどの同定で重要な器官と言えます(英語ではNervulus)。

■目(英語ではEye)

視覚を司る器官で、昆虫では複眼と単眼があり、

 ●複眼とは?

  通常、昆虫の目として認識されてる小さなレンズ組織(個眼)の集合体(英語ではCompound eye)。機能的にも脊椎動物の目の機能と同様と考えられるもの。

 ●単眼とは?

  数珠玉状のレンズ組織で、1個~複数個あるものが多いのですが全く単眼を欠くものもあり、通常は明るさなどを感知する器官であると考えられています(英語ではSimple eye またはOcellar)。

■口,口器

頭部に有るいわゆる口の事。食料や水等をを飲み込んだりするときに使う器官。ただし昆虫は脊椎動物とは呼吸方法が大きくことなり、呼吸には使っていません。咀嚼型,刺入型,吸収型 の3タイプに大別されます(英語ではMouth)。これら口器はさまざまなパーツにて構成されており、その形や色を見ることが同定には大変重要な作業となります。

 ●大腮(おおあご) ・・・いわゆる一般的な昆虫の口と認識されているパーツです。クワガタムシの角はこれが巨大化したものとなります(英語ではMandibles)。

 ●小腮(こあご)  ・・・大腮と対になる可動な感覚器官で、味覚など多くの感覚をつかさどると考えられています(英語ではMaxilae)。

 ●上唇(じょうしん)・・・大腮の基部。口器の上面を覆うパーツのことです(英語ではLabrum)。

 ●下唇(かしん)  ・・・そしゃく型の口器の底の部分をなすパーツです(英語ではLabium)。

 

如何でしょう? 非常に簡単にではありますが、昆虫の同定に使われる用語・単語について少しだけ解説してみました。昆虫は様々なグループに分類されており、グループ毎に同定のポイントとなる部位は異なり、どのグループがどこを観点として分類されているか等、この分野の研究も盛んに進められていて参考となる書籍も数種発行されています。もし興味があれば図書館や書店で探してみて下さい。またこういう情報・知識は昆虫と接する上で必ずしも必要不可欠な情報ではありませんが、知識として保有することで、より深く昆虫に接するためのトリガーになるカモ知れません。

 

2005年10月13日 白山好虫会

LastUpDate 2016.01.12